第2回で、モデルを良くする方向では回収率0.79あたりがひとつの壁になっていると書きました。
ならば予想そのものではなく、買い方で稼げないか。
そこで試したのが「期待値の高い買い目だけを買う」という、ごく普通の方法です。
結論から言うと、バックテストでは108.8%が出ました。
そして実運用を想定して調べたところ、その数字をそのまま使えない理由も見つかりました。
期待値がプラスなら買えばいい、はずだった
考え方は単純です。
自分が推定した的中確率にオッズを掛ける。単純化すれば、この値が1.00を超えていれば期待払戻は購入額を上回ります。
たとえば的中確率20%、オッズ6倍なら、0.20 × 6 = 1.20。推定が正しければ期待値は1.20です。
モデルは3連単120通りそれぞれについて確率を出せます。そこへオッズを掛けて、期待値が1.22を超えた買い目だけを選ぶルールを作りました。
これを「EV122」と呼んでいます。
1.00ではなく1.22を基準にしたのは、モデルの確率推定には当然誤差があるためです。22%分の余裕を持たせました。
バックテストでは108.8%が出た
まず、レース終了後に確定したオッズを使って過去データを検証しました。
条件を絞っていくと、回収率100%を超える領域が出てきました。
| 絞り込み | 券数 | 的中率 | 回収率 | 95%信頼区間 |
|---|---|---|---|---|
| 上限なし | 558,734 | 0.44% | 64.0% | 59.1 – 68.8 |
| オッズ40倍以下 | 22,690 | 3.73% | 86.3% | 80.5 – 91.9 |
| オッズ10倍以下 | 644 | 13.66% | 108.8% | 88.5 – 132.7 |
オッズ10倍以下に限定すると、回収率は108.8%。
一瞬、「できた」と思いました。
ただし対象は644件しかなく、95%信頼区間も88.5%〜132.7%。100%をまたいでいます。
この時点では、プラス収支になるルールを見つけたとは言えません。
63通り試せば、都合のいい数字も出てくる
さらに問題がありました。
私は期待値の閾値とオッズ上限を組み合わせて、63通りもの条件を試していました。
そのうち回収率100%を超えたものは5つ。
しかし、95%信頼区間の下限まで100%を超えたものは0件でした。
年度別などに細かく分けて確認した168通りについても、信頼区間の下限が100%を超えた条件はありませんでした。
たくさん条件を試せば、その中に偶然良い数字を出すものが混ざります。
108.8%は「発見した数字」ではなく、「大量に探した結果たまたま目立った数字」である可能性があります。
ここで止めてもよかったのですが、実際の運用条件でも確認してみることにしました。
10分前に選んだ買い目だけ、オッズが沈んだ
9月から、締切10分前のオッズを実際に取得し、その時点でEV122を判定する仕組みを動かしました。
実際に舟券を購入しているわけではありません。10分前の時点で「買う対象」を記録し、その後の確定オッズと比較します。
まだ標本は非常に少ないのですが、興味深い動きが出ました。
EV122が選んだ7件では、確定倍率 ÷ 10分前倍率の中央値が0.67。
同じ5〜10倍の価格帯にある他の66件では0.97でした。
つまり今回の小さな標本では、EV122が「割安」と判定した買い目ほど、その後に倍率が大きく下がっています。
7件すべてが比較対象の中で大きく倍率を下げた側に寄っていました。単純な独立試行として計算するとかなり起こりにくい並びですが、標本は7件しかありません。また、各買い目が完全に独立しているとも限らないので、この段階で統計的な結論にはしません。
ただし、今後確認すべき仮説としては十分です。
競艇の表示オッズは、その値段で買える約束ではない
ここで重要なのが、競艇の払戻方式です。
競艇はパリミュチュエル方式なので、最終的な払戻倍率は締切までに入った投票によって決まります。
10分前に「8.0倍」と表示されていても、8.0倍で固定されるわけではありません。
その後その組み合わせへ大量に投票が入れば、最終的には6倍にも5倍にもなります。
これは固定オッズの商品とは大きく違うところです。
今回のEV122は、10分前の時点で相対的に高く見える倍率を拾っていました。
しかし、その高い倍率が「市場のミス」なのではなく、「まだ終盤の投票が十分に入っていない状態」だったとすれば、締切までに価格は修正されます。
実測した中央値0.67を単純に当てはめると、10分前に1.22あった期待値は、1.22 × 0.67 = 約0.82まで落ちます。
これでは期待値プラスではありません。
市場全体が崩れたわけではなかった
念のため、「たまたまその時間帯に市場全体の倍率が下がっただけではないか」も確認しました。
オーバーラウンドは10分前で1.3365、確定時で1.3370。ほとんど変化していません。
市場全体が一斉に動いたというより、EV122が選んだ買い目側に変化が偏っているように見えます。
74.8%は「天井」ではなく、市場全体の基準
平均オーバーラウンド1.3369を逆数にすると、およそ74.8%になります。
これは今回観測した市場全体の払戻水準に近い数字です。
ただし、74.8%が個別の予想法の「回収率の上限」という意味ではありません。
市場より正確に確率を推定できたり、市場価格に偏りがあったりすれば、特定の条件だけを選ぶことで100%を超える可能性は理論上あります。
問題は、それを本当に見つけられているかです。
今回のEV122については、10分前の表示オッズを最終的な価格のように扱っていたため、バックテストで見えていた優位性を実際の運用条件ではそのまま再現できない可能性が高くなりました。
失敗したのは「期待値」ではなく、価格の扱い方だった
なので、「期待値で買う方法は使えない」と結論するのも違います。
今回使えなかったのは、
10分前に表示されているオッズを、そのまま最終的な購入価格として期待値計算に使う方法
です。
期待値を使うなら、必要なのは現在の表示オッズだけではありません。
「この買い目の倍率は締切時にどこまで下がるのか」まで予測する必要があります。
つまり次に必要になるのは、的中確率のモデルとは別の「最終オッズ予測」です。
それでも記録は続ける
現状のEV122を、そのまま実際の購入ルールとして使う根拠はありません。
ただしルール自体は消さず、閾値も動かさず、そのまま記録を続けています。
取得率、対象数、成績、10分前から確定までの価格変動を残しておけば、標本が増えたときに今回の7件が偶然だったのか、それとも構造的な現象だったのかを確認できます。
失敗した実験を消してしまうと、半年後に同じアイデアを思いついて、また最初から試すことになります。
なので負けたルールも残します。
次回は、「それなら何点買うのか」という話です。
現在のシステムでは、荒れていると判断したレースほど買い目を絞るという、一見すると逆に見える設計をしています。

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