資本主義社会の定理

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日本という国はアメリカの属国なので資本主義によって経済が回っております。

では資本主義とは何でしょうか?

一言で言うと金でなんでも買える社会です。

この社会の何が優れているかというと、身分や能力や人種も関係なく、金の元に平等な社会となるわけです。

金を持っている人が偉くて、ほとんどの問題はお金を使って解決できます。

では、こんな社会で金の無い人はどうすればいいでしょうか?

金を稼ぐために労働する必要があります。

言い換えれば、お金持ちの要望を解決するために貧乏人が働くわけです。

お金持ちは基本的に自分で働くのを嫌うので、車の運転も部屋の掃除も自分のすべき仕事もちんちんしゅっしゅもみんなお金を払って下々の人にやってもらいます。

車の運転をする人も部屋の掃除もみんなお金目当てで働くわけですね。

お金持ちは運転手が気に入らなければすぐクビにして新しい運転手を連れてくるし、しゅっしゅする係も気に食わなければチェンジしてお気に入りを探します。

逆に仕事ぶりが気に入ったら出来たらすごく喜んでチップを払います。

働く側も、お金持ちを満足させる事が上手い人とそうでない人が出てくるわけですね。

では一つのたとえ話をします。

車の運転がとても上手くて通常2時間かかる距離を1時間で走らせる腕前を持っているドライバーがいるとします。

並のドライバーには時給1000円で働かせていた為1プレイ2000円払っていましたが、このドライバーを雇った為に1000円で済むようになりました。

果たしてこのドライバーに渡す賃金は1000円で正しいでしょうか?

正解はNOです。

2時間かかるドライブの価格は相場が2000円です。

それを1時間で成果を出したのならば少なくとも2000円の価値があります。

さらに浮いた1時間で他の事ができてしまうので、より多くのお金を払う価値があります。

このように人より仕事が出来る人は、お金持ちにとって有用なのでいっぱいお金を払う価値があるという事です。

お金持ちは、他の人より効率よく働く人に自分の仕事を任せたいと考えます。

つまり効率よく働ける人はお金がいっぱいもらえて、人より働けない人はあまりお金がもらえません。

また、効率よく働ける人でも給料をいっぱい払ってくれるお金持ちの元ではないとあまり給料はもらえません。

没落した貧乏貴族は払うお金にも困っていますからね。

言い方を変えれば、お金持ちの元で働けば、能力が無い事がばれなければ結構なお金が貰えてしまいます。

能力がない貧乏人にも映画のようないい出会いがあればワンチャンあるって感じですね。

貧乏人で労働しないと生きていけない連中は、いかにして自分の給料をいっぱい貰える待遇を得ようか考えます。

自分に能力があればアピールしてお金持ちに買ってもらえばいいわけです。

ただし、お金持ちは一々貧乏人達の履歴書に目を通してチェックなんてしません。

能力がありそうな履歴書だけを選別してその中からお金を預けれる人間を探します。

つまり学歴や資格、職歴などの経歴で選考されるという事ですね。

もう一つの抜け穴としてはコネクションってやつで、自分の仲間の仲間であれば裏切りにくいとかで、お金持ちの仲間になりやすいという事もありますが、これは資本主義的ではないルーチンです。

資本主義的な考え方でいうと能力のある人が給料の高い仕事を得やすいという前提ですからね。

その中でお金持ちの持っている問題を解決できる人が高給取りとなり、次なるお金持ちになるわけです。

ではそんな能力を得るためにどうすればいいのか?

その一つの答えが学校です。

権威のある学校で優秀な成績を収めた学生はお金持ち的にも凄そうに見える為、将来有望な手駒にするためにお金持ちの方から近づいてきます。

並の学校で並の成績を収めた学生は一般兵としては使えそうなのでとりあえず雇ってもいいかな、て思われます。

学校を卒業していない人は、一般人の基準を満たしていないとみなされ、アウトオブ眼中となります。

残念ながらこれが現実です。

若者は自分が優秀であることを示すために学校へ行き、そこで優秀な人材となるべく教育を受けるわけです。

これが一般的な庶民の成り上がりルートですね。

しかしながらこれは資本主義社会の入り口であって、労働者側から見た資本主義のルートです。

資本主義社会に足を踏み入れると、学生時代に学んだ事はほぼほぼ無価値であることに気づきます。

これは労働者になるための教育であって、資本主義の勝者になるための教育では決してないからです。

資本主義の本質は、資本を得るために投資を行う事です。

より効率のいい投資を行って、自分の持つ資本を効率的に増やす事が全てです。

労働というのは、自分の時間を投資してお金を得るという投資活動になります。

学校へ行くというのも、自分の時間とお金を使って将来により資金効率の良い労働を出来るようにするための投資です。

若い女の子が男の子をしゅっしゅして代価を得るのも、自分の体と時間を使って資金効率の良い労働をするという投資となります。

ここで重要なのは、労働という形ではない投資であり、年老いて労働が出来なくなった際にどのようにお金を得るのかという話となります。

日本人は基本的に労働民族なので労働が出来なくなったら年金か生活保護だけで生活しようとしますが、資本主義先進国の欧米であれば中年以降は投資によって生活資金を得ようとします。

これは資本を使って株を買って株式の配当で生活したり、投資用の不動産を所有し賃貸物件を経営して安定収入を得るという投資です。

将来の収入の為に、自動的にお金を運んでくれる資産を購入するわけですね。

日本にやけに自動販売機が多いのも、日本人の金持ちが自動販売機を運営するのが好きだという事です。

ただ、もっと効率の良い投資をしてみませんか?

というのが会社経営で、大規模な工場を建てて大量の労働者を働かせて電気自動車を作ってバカ売れすれば大量のお金がゲットできます。

でも一人でそんなことをするにはお金が足りないし、電気自動車が売れなかったりすると大損しますね。

そのリスク分散として株式を発行して資金調達し、そのお金で工場を建てたり労働者を雇ったり慰安旅行したりします。

株主には儲かった時だけ利益を渡せばいいのです。

株主側は換金可能な権利として株を売買して増やそうとします。

会社が順調に利益を生んでいたら株価は上がり、品物が売れなかったら株価は下がっていきます。

株主にとっては会社が作った品物がいっぱい売れると幸せですね。ではどのような品物を作るかは誰が決めるのでしょうか?

それは会社の経営者、つまりは社長とその腰ぎんちゃくが決めます。責任重大ですね。

社長が有能であれば会社が作る品物が売れるし、無能であれば品物は売れずに会社の資産を食いつぶすだけです。

であれば株主は有能な人間に社長になって欲しいですよね。という事で株式会社の株主には社長の任命権があります。

ここで株主が先述のお金持ち、社長が雇われ労働者となります。

有能な社長であれば億の給料で雇われて会社の利益の為に頑張りますね。

でもニートな社長であればほどほどの仕事しかせずに、仕事は部下に全振りとなります。利益がちゃんと出ていればニートでも社長としては十分なのです。

さらに頭のいい社長は、自分で責任もって社長の仕事をするのはリスクが高くて嫌なので、他の人に社長を任せて自分は株主側へ行きます。

労働者を卒業って感じですね。十分なお金を持っていれば労働者である必要がなくなりますからね。

なぜお金持ちは労働者を卒業したがるのでしょうか。

それは人生の時間は有限だからです。

労働者は自分の時間を労働に捧げる事により、お金を得ています。

ある程度のお金があれば、それを投資することによりお金を得る事が出来る仕組みを買う事が出来ます。

投資で十分なお金を得る事が出来るようになったら自分で労働する必要はありません。

また、60代や70代になったら若いころと同じような労働はできません。

若い人と比べて低い能力しかない為、給料の安い労働しか出来なくなります。

なのでどこかで投資する側にならないと人生詰んでしまいます。

ちなみにそんなお年寄りばかりになってしまったら、その国の経済はやばたにえんとなります。

資本主義社会を生き抜く為には、自分は自分という名の会社の社長だという考えを持ちましょう。

自分が快適に収益を得る為には、自分に必要な投資をし、自分の労働効率を上げて、十分な資本を得たら自分が働かなくていい投資をするべきという事です。

こんなことは公立の義務教育では教えてくれませんでしたね。

でも資本主義国家で生活する為には必要な基本知識です。

それでは皆様よい投資生活をエンジョイしていきましょう。

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