TTGと同世代のダービー馬クライムカイザー、元々はTTCと呼ばれていたのがTTGCとなって最終的にはTTGと評価が落ちていってしまったヒール馬。それでもハイレベル世代のダービー馬であり弱いわけがない。TTGと比べて人気が無かっただけである。その強さと人気の無さを中心にクライムカイザーの汚名返上の為に紹介させていただく。
クライムカイザーのプロフィール
- 父:ヴェンチア
- 母:クインアズマ(母の父:シーフュリュー)
- 主戦騎手:加賀武見
- 調教師:佐藤嘉秋(中山)
- 馬主:(有)三登
- 生産者:田中牧場
- 1973年5月11日生まれ 牡馬
父ヴェンチアはイギリス生まれで競走成績は12戦7勝、マイル路線を中心にG1級を制覇する名馬、血統としては父レリックからアメリカ20世紀の名馬第一位マンノウォーに繋がり、今は滅びかけている三大始祖の一頭、ゴドルフィンアラビアンに連なる父系である。クライムカイザーは2021年現在で唯一のゴドルフィンアラビアン系のダービー馬である。ヴェンチアはフランスで種牡馬入り後、1969年に日本に輸入される。当時の日本の感覚では欧州で一流といえる実績の競争馬だったため種付け料も高かった。リーディングはクライムカイザーがダービーを取った1976年に4位となったのが最高順位である。ヴェンチア産駒には華麗なる一族のイットーやソシアルトウショウの良血牝馬がおり、その子孫が現在でも血統表に名を残している。
母クインアズマ未出走でクライムカイザーは初子であった。母の父シーフュリューはダービー馬アサデンコウを輩出。10年ほどの種牡馬生活で中央デビュー110頭程度とややマイナー種牡馬の割には活躍したといえる。
出典は不明だが、ヴェンチアの種付け権を持っていない田中牧場はクインアズマに種付けをするために、種付け権を持っている隣の牧場に頭を下げて譲ってもらったという噂があり、そうして生まれたのがクライムカイザーである。
調教師の佐藤嘉秋は戦前より騎手をしており、戦後に皐月賞を制して年度代表馬を2頭出産し顕彰馬となったトキツカゼをはじめオークスを3勝するなど活躍。調教師転向後は年間10勝程度と地味な成績であった。
出生からデビューまで
馬名の由来はClimb(上り詰める)+Kaiser(ドイツ皇帝の称号)である。当然犯罪のcrimeという意味ではない。
クライムカイザーは一流ではない血統であるが伝説の馬喰である佐藤伝二氏に見いだされ、佐藤嘉秋厩舎に入厩することになる。
佐藤嘉秋は中山所属で、当時の関東は東京競馬場が主流派であり地味な二流厩舎であった。
しかしデビュー戦で跨る事になる加賀武見の評価は高く、大きいところを勝てる素質があると手ごたえを感じていた。
デビューからクラシック前まで
ダート1000mのデビュー戦は後方から追い上げるも3着まで。折り返しの新馬戦も同じくダートの1000mに出走し、5頭立てのレースを3角4番手から差し切り勝ち。この時の鋭い末脚に鞍上の加賀武見は「この上がりタイムなら、何か大きいタイトルを獲れる」と周囲に公言したという。調教師の佐藤嘉秋もこれを聞いてクラシックの目標を皐月賞に見据える。これは中山競馬場所属の為、ダービーよりも輸送無しの地元中山競馬場で開催される皐月賞の方が有利に戦えると考えた為である。
陣営から素質を認められたクライムカイザーだったが、2歳(旧3歳)戦線は短距離戦ばかりなので後方からレースを進める脚質は不向きであり、重賞戦線に顔を出すもよく追い上げて好走までという競馬が続く。2歳戦線では7戦2勝と見栄えのしない成績だが、内容としては常にそこそこには走っていた。
年が明けた京成杯も後方から凄い脚を使って念願の重賞初制覇を成し遂げる。この勝利により関東勢ではクラシック候補に名前が上がるようになる。しかし関西には凄い馬がいるようで、この段階のクラシックの本命馬はその関西馬という意見が強かった。その名はテンポイントである。
クライムカイザーは東京4歳S(現共同通信杯)で関東初見参のテンポイントと対戦。見せてもらおうか関西の化け物の実力とやらを、とばかりに関東馬の先鋒として実力を見極める係に徹する。レースでは先行するテンポイントが抜け出して楽勝かと思いきやクライムカイザーが一気に追いついて一度は躱してしまう。しかし相手の方が一枚上手で粘り腰で差し返す。テンポイントが生まれて初めて苦戦したレースとなった。この時のクライムカイザーは関東の有力馬ではあったが、2歳戦線の成績からいまいち君のイメージが強かった為、これに苦戦しているテンポイントも案外大したことないんじゃないかと疑問を持つきっかけとなる。
続く弥生賞では朝日杯3歳S勝ちの無敗馬ボールドシンボリにリベンジを達成し重賞2勝目。年明けから重賞戦線で実力を発揮し関東の中では上位の評価を得る。だがしかし関東の人間は一度テンポイントに負けた馬よりも手垢がついていない未知なる素質馬の方に期待を寄せる。それがトウショウボーイである。
クライムカイザー目線の皐月賞
スプリングSも勝った関西無敗馬のテンポイントと年明けデビューして全て圧勝のトウショウボーイがクラシックの中心として目されていた。クライムカイザーも有力馬の一頭ではあったが、ハイセイコーの後釜のアイドルホースを探すという点については上記2頭ほど煌びやかでない為あまり人気は無かった。これは馬券的なものではなくアイドル的な人気である。
それでも皐月賞の有力馬には違いなかったが、ここで関東の厩務員組合がストライキを起こし、中山で開催予定であった皐月賞が1週後の東京開催にずれ込んでしまう。これは中山競馬場所属のクライムカイザーにとっては大きな痛手であった。輸送なしで中山競馬場でそのままレースが行われる皐月賞では、輸送の事を考慮せずに直前までみっちり調教を付ける事が出来るのに対し、1週後の東京開催となれば輸送が必要となってしまう。一度ピークになるように調整した後に輸送競馬となるのは負担が大きい。その為、本番の皐月賞では大きな馬体減での挑戦となった。
調子落ちで挑んだ皐月賞はトウショウボーイにぶっちぎられて5着に敗れる。しかし2着テンポイントとはタイム差なしの接戦であった。ダービーに向けて調子を取り戻すことが出来ればチャンスはある。そう信じて陣営は立て直しを誓うのであった。
宿願のダービー
陣営の努力の甲斐もあってか皐月賞参戦時に減っていた馬体は立て直しに成功しダービーでは回復していた。これなら勝負になると陣営は自信をもって送り出す。この時のダービーは天馬トウショウボーイがどんな勝ち方をするか、それに抗うライバルはテンポイントだけ。戦前はそのような評価であった。
ダービー
27頭立てのダービーはスピードの違いか多頭数を避ける為かスタートからトウショウボーイは逃げる形になる。ライバルのテンポイントとコーヨーチカラは5番手あたりを追走。道中は特に仕掛ける馬もなく、トウショウボーイも余裕の手応えで最後の直線に入るが、そこをクライムカイザーが外から強襲しトウショウボーイに馬体を併せる。その勢いにビビったのかトウショウボーイは減速し外側に膨れてしまう。その隙にクライムカイザーは一気に差を広げる。トウショウボーイは態勢を立て直しクライムカイザーに追いすがり差を縮めるも届かない。クライムカイザーが一世一代の大駆けによりダービー馬の栄冠に輝いた。名手加賀武見にとっては初のダービー制覇であり、引退するまで唯一のダービータイトルとなった。
アイドルホース2頭を打ち破ってのダービー制覇であり、トウショウボーイがヨレた時に斜行ではないかという難癖がつけられて「犯罪皇帝」という二つ名で呼ばれるようになる。これを解消する為にはもう一度実力でトウショウボーイに勝たなくてはいけない。こうしてトウショウボーイに対してストーカーと言われるようなローテーションが組まれるようになってしまう。
皇帝のリベンジの夏
避暑の為に北海道に来ていたクライムカイザーは同じ目的だったトウショウボーイとたまたま出会ってしまい、そのまま対戦する。そして負ける。あまりの悔しさに再戦を挑むも負け続ける。気がつけばクライムカイザーは古馬になってしまっていた。古馬になったからには天皇賞に挑まなくてはいけない。そうしてクライムカイザーは天皇賞を目標としたローテーションを組むのであった。
TTGCの戦い
春の天皇賞路線を目指すクライムカイザーであったが、本格化したグリーングラスとテンポイントに負け続けた。その後の宝塚記念でもトウショウボーイの最下位に負けてしまう。不幸は続きこのレースで故障が判明してしまう。そして長期休養に入る。
TTGCのうちTは先に引退し、Tは故障のためこの世から去ってしまう。残ったのはGとCである。Gは爺になるまで走って活躍したが、Cは宝塚記念で引退してしまったと思われていた。しかし実はそうではなかった。復活の為に健気に頑張っていたのである。しかし、現実は甘くなく、他のライバル達とは違いひっそりと引退していった。
引退後
引退後は光伸牧場で供用され種牡馬生活を送る。しかし年間数頭程度の種付けしか行わず、生まれても競走馬とならなかった馬も多かった。それでも共同通信杯でダービー2番人気になるマイネルブレーブを出し、全くダメだったわけでは無かった。時代がチャンスをくれなかっただけである。
それでもライバルTTGCの中で圧勝したことが一つある。一番長生きしたことだ。TTが死んだあともGと死闘を繰り広げる。引き取り手がいなくてOLに買われるという晩年を送ったグリーングラスに対してクライムカイザーは種牡馬引退後も光伸牧場で大事にされ続けた。そしてグリーングラスが2000年の6月に亡くなると、勝利を確定させた2000年の9月に心臓麻痺で死亡する。
総括
ハイセイコーのライバルであるタケホープ並の、いやそれ以上のヒールとして取り扱われることが多い。人気のTTGに対して文献があまり残っていないのもその証左である。ただし春のクラシックシーズンに限って言えばトウショウボーイと同等の能力があった事は間違いなく、そうでなければダービーであのような勝ち方は不可能である。残念なのはそのあとに躍起になってトウショウボーイに挑みまくり連敗を重ねてしまった点である。相手の得意条件で戦いすぎた。別のローテーションを組んで菊花賞に挑んでおけば結果は違ったかもしれない。安馬だったからかデビュー以来あまり休養を挟まずに使い続けたのも、現役の最後の方に成績が上がらなかった要因として挙げられる。
少なくとも東京4歳Sとダービー、京都新聞杯の内容からしてトウショウボーイやテンポイントと互角の走りをしていた。あとはダービー以外の対戦で勝利出来ていれば未だにTTGC時代と呼ばれていただろう。
ウマ娘になるなら
スピード | スタミナ | パワー | 20% | 根性 | 10% | 賢さ | ||||
馬場適正 | 芝 | A | ダート | D | ||||||
距離適性 | 短距離 | C | マイル | B | 中距離 | A | 長距離 | C | ||
脚質適正 | 逃げ | G | 先行 | D | 差し | A | 追込 | B |
キャラ
姿も相まって「黒い犯罪者」と呼ばれる。アイドルのトウショウボーイ、テンポイントと比較してこちらは犯罪者です。潔癖を証明するために戦いを挑むも、逆に証拠を突きつけられて犯罪者にされてしまう不憫な子。魅力的になれるかどうかはライターの(ミステリー作家としての)力量が問われる。ただ、魅力的なキャラデザインにしていただければ、誰もがTTGからTTGCと呼ぶようになるだろう。ウマ娘化の際はそのあたりを特に気を付けてほしい。
参考文献
最後の馬喰・佐藤伝二―競馬のすべてを知り尽くした男
優駿たちの蹄跡・2巻、父の匂い
コメント